懐かしの名曲伝説

1950〜60年代中心の名曲たちの由来をたどります。

ブルーベリーヒル / ファッツ・ドミノ

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カントリーの名曲として、数々の歌手に愛され歌われてきた「ブルーベリーヒル」。

 

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 ▲収納レコードジャケット

 


1940年にヴィンセント・ローズによって書かれたこの曲は、1956年にファッツ・ドミノが歌ってビルボード2位になったことでスタンダード・ナンバーとなりました。


オリジナルは1941年にジーン・オートリー(が映画の挿入歌として歌い、同年に録音されたグレン・ミラーのバージョンが1940年代では最も有名だったようです。


ファッツ・ドミノは1949年のルイ・アームストロングのバージョンを元にしたとi言われている。


ファッツ・ドミノのカバーは、彼最大のヒットとなり、世界中で500万枚以上のレコードを売り上げた。


歌詞はとてもシンで「thrill」「hill」「still」「till」と韻を踏んでいます。


こののんびりした感じはあの時代特有の懐かしさを感じさせますが、これでもオリジナルをアップテンポにして曲にパンチを加えたと言われている。


歌詞の内容は、古典的な失恋ものだが、ファッツ・ドミノが歌うと余計な哀しさを全く感じさせませんね。


この曲を自私が最初にが好きになったのは、ブレンダ・リーのバージョンでした。


ポップでビートの効いているブレンダ・リーのバージョンからこの曲に入ってるので、ファッツ・ドミノの哀愁漂う歌いっぷりに魅せられました。


当時、既に日本でもスタンダードナンバーとしてジェリー藤尾さん等の日本の歌手が何人も歌っていましたね。

 

 

ファッツ・ドミノ(初期ヒット版)

 

ブレンダ・リー(ロックカバー盤)

 

〈参考〉

ジーン・オードリー(オリジナル盤)

https://youtu.be/tdJSBtuS0oc

 

 

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| アーティスト伝説/ファッツ・ドミノ

 

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フリー画像


1928年2月にルイジアナ州ニューオーリンズに生まれ、ロックンロール黎明期の1950年代後半から60年代初期のアメリカで最も売れた黒人歌手の一人でsu


日本ではそれに比べ知名度は低いですね。


7歳の時、年の離れた義理の兄ハリソン・ヴェレットからピアノを習い始めた。


彼のピアノ・スタイルはブギ・ウギ・ピアニストのアルバート・アモンズ・ミード・ルクス・ルイスの多大な影響を受け、特に3連符を多用するスタイルはリトル・ウィリー・リトルフィールドから影響を受けたようです。


ファッツ・ドミノは、作曲家でブルース調ピアニストでもあり、ストライド奏法とブギウギの影響を受けた独自のスタイルが好評で白人からも支持されました。


愛すべき太っちょの巨体、愛嬌のある笑顔、軽やかに鍵盤を叩く指先、甘く親し気な高めのバリトンの声、揺れる巨体とブギウギのリズム、そのどれもが愛情に満ちた印象になって、ロックンロールの良き時代を伝えている。


特筆すべきは彼こそがニューオーリンズ独特のサウンドを持ち味にしていたことであり、ニューオーリンズの歴史と文化の伝道者であったことです。


1949年インペリアル・レコードより「Detroit City Blues」でデビュー。


そのB面に収録された「The Fat Man」がR&Bチャート2位の大ヒットを記録した。


インペリアルには1963年まで在籍し、デイヴ・バーソロミューのプロデュースと共作のもと、数多くのヒットを世に送り出し、1986年にはロックの殿堂入りしている。


ファッツ・ドミノの成功を語る時に忘れてはいけない人物がいる。


それは、ファッツ・ドミノがインペリアル・レコードと契約した時、もう一人契約した人物がいる。


トランペット奏者であり、ソングライターであり、プロデューサーでもあったデイヴ・バーソロミューであす。


彼こそが最初のヒット”The Fat Man”以来ファッツ・ドミノを陰で支えた功労者であり、ロックンロールへ多大な貢献をしました。


ファッツ・ドミノの代表曲にはエルヴィス・プレスリーがカバーしたこの「Blueberry Hill」をはじめミリオンセラーになったのは実に23曲に及んだ。


この記録はエルヴィス、ビートルズに次ぐ大記録である。


1963年、インペリアルを離れABC・パラマウント・レコードに移籍したが、それまでとがらりと曲調の変わったカントリー、ホンキー・トンク系の音楽に変えさせられた。


1964年からのブリティッシュ・インヴェイジョンとも重なり、完全にチャート・シーンから姿を消してしまいまし。

 

 

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