懐かしの名曲伝説

1950〜60年代中心の名曲たちの由来をたどります。

カラーに口紅 / コ二ー・フランシス

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「カラーに口紅」はオールディーズばんどなら殆どが手掛けている定番中の定番ですね。

 

 

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作詞エドナ・ルイス、作曲ジョージ・ゴーリングで1959年5月に発売され、全米5位を獲得しました。


「マイ・ハピネス」に続く4枚目のゴールド・ディスクを獲得しています。


なお、カップリングの「Frankie」も同年7月全米9位を獲得している。


日本では1959年年間ラジオ・ヒット20位となり、カテリーナ・ヴァレンテ「情熱の花」と並ぶこの年の女性歌手ビッグヒットとなった。


この曲が日本でのコニー・フランシス最初のビッグ・ヒットとなり、続いて日本語で歌った「ボーイ・ハント」も大ヒットとなり、一気に日本でのアメリカンポップス女王の地位を獲得しmasi
た。


イントロの「ヤヤヤヤ、ヤーヤ」とオチャラケたバックコーラスから始まると、つい聴き耳を立ててしまいますね。


続くギターがなかなかカッコ良い演奏で心地良いイントロになっています。(私もやってます。)


また、ブレークのところのギターがこれまたカッコいいんですね。


と言うのも、この曲のセッションにはジョージ・バーンズやバッキー・ビザレリと言ったニューヨーク近辺のジャズギタリストが参加していたらしいです。


ブルージーでメロディアスなプレイはカッコいいだけでなく存在感のある秀逸なギターソロと言えるでしょう。

こも曲はヘレン・シャピロや数多くの歌手にカバーされています。


日本では、1960年に森山加代子、かまやつひろし、スリー・グレイセス等がカバーしています。


珍しいとこでは、いしだあゆみ辺見マリ等も歌ってましたね。

 

 

 

コニー・フランシス(オリジナル盤)

 

♪ヘレン・シャピロ(英語カバー盤)

 

♪森山加代子(日本語カバー盤)

 

 

| アーティスト伝説/コニー・フランシス

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フリーn画像


コニー・フランシスConnie Francis)は1938年12月ニュー・ジャージーニューアーク生まれのイタリア系アメリカ人です。


3歳の頃から地元のクラブやイベントに参加して歌っていたが、11歳の時にTV番組に出演するようになり、タレントスカウトショーに優勝してプロデビューしました。


17歳の時、MGMから念願のレコードデビューを果たすがヒットに恵まれずMGMから最後通告を受けて録音した1958年「Who’s Sorry Now?(フーズ・ソリー・ナウ)」が全米4位の大ヒットとなった。


その後の快進撃は周知の通りでsu。


1958〜59年のトップ40だけに限定しても、このようにヒットを飛ばした。


1958年4月発売「アイム・ソーリー・アイ・メイド・ユー・クライ」36位
191958年7月発売「間抜けなキューピット」14位
1958年11月発売「マイ・ハピネス」2位
1959年5月発売「カラーに口紅」5位 「フランキー」9位
1959年11月発売「想い出の中に」7位


このようにヒットを連発しながらもナンバー1ヒットがなかなか出なかった彼女の最初の全米ナンバー1ヒットは「エヴリバディーズ・サムバディーズ・フー(1960年)だと位うことを知ってる人は少ないでしょう。


ところで、日本でのコニー・フランシスのイメージは日本語で当時のティーンエイジ・アイドルが歌ってヒットした曲が多いため、アイドル歌手とされることが多いようです。


しかし本国では、様々なジャンルの曲を歌う実力派歌手と見られており、ヒット曲も多彩なジャンルにわたっている。


また日本でのヒット曲のうち、本国では全くチャートインしなかったり、逆に本国での大ヒット曲が日本では全く知られていないものと明確に分かれているのが特徴的です。


従って日米共にヒットしたのは、この「カラーに口紅」を嚆矢として「ボーイ・ハント」、「バケイション」、「想い出の冬休み」、「渚のデイト」くらいであることはあまり知られていない。

 

 

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